組織と自立の思想

三縁寺方向を向かって眺める比叡山
三縁寺方向を向かって眺める比叡山
正規社員と非正規社員という言葉があるが、これは表現がおかしいのでは。正規は正しくて非正規は正しくないかのようで、適切ではないのではないだろうか。正社員と臨時社員やアルバイト、これも同じことである。

仕事の内容と仕事に向かう状況は変わらないのに、表現と待遇は大きく違う、雇用する側の都合による理不尽な結果である。

さらに雇用する企業や行政までも、経済の状況でやむを得ないと開き直られてしまう始末である。

非正規、臨時、アルバイトという身分は、企業に利用されるある意味見捨てられた立場ではあるが、一方事業者という立場は本来この様な要素を内包しながらも誇りを持って自立の道を歩んでいる立場である。

逆の言い方をすれば、非正規、臨時、アルバイト、これらは全て事業者であると捉えればいいのではないだろうか。当事者は事業者であると自負し、誇りを持てばいいと思っている。

かつて、サラリーマンという言葉が一般的になり、大半の人がその層に含まれていく以前は、農業、商人、職人とかであったりで生活者の大半が事業者ではなかっただろうか。

勿論、何の保証も無かった貧しい時代への逆戻りを、望む訳ではないが、その頃の自立の裏には責任と意欲と工夫の精神が宿っており、発展の芽が満ちていたのではないかと、思えるのである。

自立をして社会に立つ。こんな人が増えることによって社会は良くなっていくのではと思っている。そもそも組織に依存すること、組織依存体質が今の社会の停滞、閉塞感の根源になっているのではないかと常々思っている。

組織の世界あっても、組織の目的と責任を自分の目的と責任に置き換える位の意識転換をして、自らを追い込み、自己としての人の道を念頭に歩むこと、そしていつでも自立できる意識を養いながら、仕事を遂行していくことが大切な時代である。