事業を起こす意味

子供の楽園に野生の鹿が・・
子供の楽園に野生の鹿が・・
最近、創業とか起業とか、という言葉をよく聞く。補助金の助成や専門家の支援などの制度が整備され、様々なサポートがあって、チャレンジはし易くなっている様である。

ずっと以前には、脱サラという言葉はあったが、現実に実行するには、なかなかハードルの高いことであった記憶が残っている。

組織が強い時代、皆んなが大きな企業に属することを目指してそこへ殺到していった。それは今もそれ程変わらないかもしれないが、かつては、あらゆるものが発展途上にあり、頼るものがなかった。組織に属することが自らの生存にも直結しているかの状況であり、時代でもあった。

組織を離れ、独立をする、個人として生きると言うことは、リスクの伴う、例の少ない過酷な生き方でもあった。実際に、情勢を掴み、資金を用意し、経験を積み、知識を身に付け、計画的な段階を踏んだとしても、簡単にやれるものではなかった。

それでも実行に移すのは、最終的には実践を背景とした経験。そして精神力、モチベーションの問題ではなかっただろうかと思い返している。これは今も昔も変わらない、さらに時代と情勢にも左右されない一番大切な要素ではないかと思っている。

モチベーションの根源を辿れば、他人に支配されたり左右されない自分の生き方を貫きたいという気持ち、いわゆる個人の尊厳を守りたい、この強い気持ちであった様に思う。

一個人として社会に存在する。自由にふるまえる、自分の責任を明確にし、社会に貢献する。これが事業を起こす意味ではないだろうかと思っている。

江戸から明治になり急速な近代化が始まって今日へと繋がっている。人は個人として結構自由に発想、思考し、行動する、楽しんで生きた、ある意味精神の健全な社会があったとか。

組織の目的に向かわせられる一員として生きるのではなく、自分の人生と自分の世界を作るために仕事をしていく、そのために事業を始める。まさに前の時代はそんな社会でもあった様に見えるのだか・・・。