「店の人の気持ちも、味わいの一つ」

 

店に入ると、四、五人の人が待っていた。店主らしき人が出てきて、「大分待ってもらうことになりますが、よろしいですか?」と聞いてきた。いいですよと答えて待つことにした。

 

大分待たせる?・・・「ちょっとなあ」と思ったが、実際には少し待っただけで、席に通された。店内の案内物によればこの店には自家農園があり、店で出す野菜は全て無農薬で栽培し、それを使っているとのことである。

 

出された料理は、若狭など海辺で食べる魚と全くそん色なく新鮮で美味しかった、勿論野菜は自家製の無農薬とのことで満足である、味付けも問題なし、量も十分。値段は五割アップされても不満ないと感じるほどであった。

 

何よりも、店側が待たせることに申し訳ないという気持ちを表していることに、好感を覚えた。料理は気持ちのよい状態で、味わってもらうことこれがまず大切であるということである。

 

さらに、「ちょっと待ってもらうことに、」という表現ではなく、「大分待ってもらうことに、」と言う表現に客の気持ちになって、待つ人の気持ちになっていることを十分に感じることができた。

 

行列が出来る店と言うのは、待たせることが当たり前のような態度を取る店が多い。長く待たされてやっと順番が来ても、待たせて申し訳なかったという気持ちは感じられないことが結構多い気がする。中にはなぜこんなに待ってまで、欲しいのか、食べたいのか、との態度を取る様な店員がいる店もある。

 

メディアで報道されて急に人が押し寄せ、迷惑しているということかもしれないが、客にすれば実に不愉快である。中にはこれだけの価値のあるものを出してやっているのだから的な態度をにじませる店もある。

 

客は味や値段や雰囲気だけではなく、店の人の気持ちも味わいに行くものであるということを十分肝に銘じなければならないということだろう。

 

観光地である京都には、特に市内では観光客相手の店も多く、なかなかこれはと思う店には出会わないが、久しぶりに頑張っているなあと、良心的だ思える店に出会った思いである。(2011年8月16日 京都・白川通り 茶又)( 続き・・)(indexへ