「さば煮定食に人が・・・」

 

もう随分前、店の前に大勢の人が並んでいるのを見つけた、後日行って食べたのが最初であった。その後しょっちゅうではないが、もう何回も行っている。

 

さばの煮付けをメインにした二三種類の定食を出すだけの店、さばは三日間煮込むとのこと、味は絶妙である。そのさばの煮付けとコロッケと鶏フライと出し巻きと味噌汁に漬物とご飯が付く、おまかせ定食をいつも注文する。

 

この店は不思議な店で、食べていると作ってくれた人に感謝の気持ちが湧いてきて、帰り際にご馳走様・ありがとうの言葉が自然に出てくる店である。この気持ちは私だけではないということが食べながら耳を澄ましていると先に帰っていく客の様子から分かるのである。

 

今日行ったのは久しぶりであったが、やはり店の前には五六人の人が並んで待っていた。大分待つことになったが、席に着き、おまかせ定食を注文、いつもと変わらない、大満足であった。

 

私がこの店を知ってから十年、いや十五年以上は経っているが、店は全く変わっていない、おそらくもっと前から変わっていないのだろうと思う。

 

お店とは客にいつも変わらない満足を与えなければならない。それには何が大切で、何を守り、どうすればいいのかを分かって、そこに集中し、続けているからこそ今の姿があるのだろうと思う。

 

こうして食べに来るだけだが、いつも旨い思いという思いとともに商いの姿を勉強をさせてもらっている(200526日京都市北区上賀茂:今井食堂)

 

「商いの一つの神髄を見る思い」

 

行こうと思っても、実際に行けるのは三回に一回位である。待つ人が多くて、待つ時間が長くて結局入れず、食べられないことが多い店である。

 

久しぶりに近くを通ったので車を駐車場に置いて、上賀茂神社周辺を散策しながら、店の様子を眺めることにした。

 

ぶらぶら歩きながら、店の真ん前を通っているのに、見つからないで通り過ぎてしまった。昼の忙しい時間が過ぎて、客はいなくて入り口が半分閉めてあったからでもあるが。

 

もう一度引き換えし、一軒一軒確かめながらで店の表の入り口をやっと確認できた。珍しい店で店の入り口に立ってよく見ないと店だとはわからない店なのである。

 

何年か前になるが食べてる時、店を支えてきたらしき女性の老主人と思われる人が、狭い店の調理場の入り口に立ち、満員の客が食べる姿をじっと見つめている姿が印象的だった。

 

客がみんなが美味しく食べ、喜び満足しているか、を確かめるかのような眼差し。恐らくずっと前からそのことだけを考えて続けてこられたのが、その出される料理で感じるのである。

 

店の中の設備といえば、店構えと同様に昔のままの古くて、そのうえ狭い。快適は程遠く、いまどき珍しい。

 

不思議なことに、そのことが一向に気にならない。 店構えとか、店内の雰囲気とか、店員の対応などの前に、店として一番大事なことを教えてくれている。

 

まさに商いとしての一つの神髄をここで見つけた思いである。(京都市北区上賀茂:今井食堂)(続き・・)(indexへ