生きる人生の・・逝き方

同世代の中や地域の中で次々と癌に侵され倒れていく人が目立つ。ほとんどは早期発見、早期治療を、と病院へ収容されていく。

 

地域の有力者と目される一人が亡くなった。後に、家族が親しかった友人に語ったところによると、本人は死ぬとは思っていなかった様で、変調をきたし半日で逝ったとのこと、何も苦しまず安らかな死であったらしい。死因は胃癌であったとのこと。

 

1年半程前に配偶者を亡くし、それまで行っていた健康診断にも行かなくなり、侵されていることやその病状が分からなかった為、治療が出来なかったからだろうと、周囲に人間には言われている、と言う。

 

又、地域の居酒屋をやっておられた女将が、癌で手遅れであったとのこと。亡くなる少し前まで普通であったらしい。

 

ここ数ヶ月の出来事である。ここに謂わば、生きる逝き方があるのではと思えるのである。

 

遠い昔、子供の頃お年寄りが死ぬのは、たいてい老衰と言われいたのではないだろうかという記憶がある。

 

昔、老衰死、今、癌死という事で余り変わっていない、違うのは病名を知り悩み苦しみ、激痛に襲われ死に臨まねばならなくなったと言う現実である。

 

医学の進歩がしても、メディアによる様々な報道はされるが、本物の癌は不治の病である事は変わらないようである。

 

今、我が国の二人に一人が癌に侵される時代、その医学的、社会的状況は把握しておかなければならない。 我々の人生の終末期の最大の事由になってくる。

 

人は、一般的に知り合いの噂や情報、専門家の言葉、意見に弱もので、常識や流れや空気に影響され易いところがある。例えば常識と言われる早期発見、早期治療も本当だろうか。絶対的なものだろうか。

 

それらは、必ずや正しくて、真実であって、正解であるとは限らない、少なくとも半分はその逆であると考えておかなければ、誤った選択や判断をしてしまう事になってしまうのである。

 

まずは、冷静な分析と判断が出来る環境を作ること、新聞やテレビだけの環境では不十分というか、今や危険であるとの認識が求められているのである。


インターネットや書物や信頼できる識者を探し、その意見に耳を傾けること、そして相手と自分のち

位置ををキチッと押さえ、自らの考えを持つこと。この事が一番大切なこと事ではないだろうか。


自らの逝き方や生き方も時代や社会に押し流され、虚しく推移するだけではなく、意味のある自分というものを生かされ生きる中で進められなければならない。         (2015年9月30日)

落選運動に賛同!

昨年の集団的自衛権の閣議決定から戦争法案・安保法制の参議院での強行採決まで、自民党内から異論を唱える政治家が出てくると信じていたが、一人も出てこなかった。


失望というか怒りと恐怖を覚える。何十年と自民党を見てきたがここまでの姿を呈するを見て、心底、消滅の淵にあり、生き残りへのあがきを露呈している気がしてならない。


この前の民主党への政権交代に至る民意への恐れから、怯え、開き直り目を瞑り、団体で逆襲の正面突破を図ったということだろう。


民意、民主主義、立憲主義を一顧だにせず、赤信号みんなで渡れば怖くない式に、その先のファッシズム、戦争、戦前の軍国主義引きずられる連想をせずにはおれない。


この方向、流れに疑問を持たない者を、全面否定する訳ではない、一つの考えとして存在することは認めている。


しかし、それはアメリカが考え実践している方向であり考えであって、戦争をし続け、人を殺し殺される中に若者を追い込む道、それに追随することであると言うことは明らかである。


民主主義国家の国民として、まして政治家として、今回の事を結果オーライとして正当化や黙認することは、絶対許してはならない。


この一年あまりずっと思ってきたことであるが、そんな与党の人間は、許すことはできない、政治家である事を認めてはいけない、次の選挙で落とさなければならない。すなわち落選運動は、まず基本であると言わざるをえない。                       (2015年9月25日)


私はポチのポチにはならない!

通されてしまったあくる日(19日)、高校生(SCHOOL OF DEMOCRACY)のデモがあった。現状や将来のことなど考えれば複雑な心境なのだろうが、勇気を持って立ち上がったとのこと。

 

それは戦争が起これば行くのは僕たちだから、何とかしなければと。腹立たしくて許せない絶対に反対だと、円山公園から京都市内を2時間、訴え続けた。私もそのデモに応援参加した。

 

この傲慢で国民を侮り愚弄する政治家達は民主主義の破壊者である。今回のことは絶対に許したり、まして忘れたりしてはならない。


次の選挙できちっと対応する必要がある。これが民主主義社会に生きていく義務ではないだろうか。

 

恐らくこの前、民主党が政権交代を果たした瞬間から、今回の暴挙を画策していたのだろう。

 

明らかになったことは、全てアメリカの意向に沿った動きであったということであり、日本のこと、国民の意向には一切耳を貸さなかったということである。


日本の支配層即ち自民党はアメリカの方を向き、その意向を忖度し、伺い、従う、自らは何も考えない、考えがない。まさにアメリカのポチである。すなわち我が国はアメリカの属国であると言うことである。


冷戦が終わり、世界が新たな枠組みを模索する中で、日本だけが盲目的にアメリカに追随し続ける事が、日本の平和や国益を守る方法なのだろうか、それしか生きていく道はないのだろうか。


内閣支持率はこの後に及んでも30%を切らない。恐らく支配階級とそこに群がる層、即ち利権を持つ人間や、又ここまで来ても盲目的に政府を、お上を信じている人がいるということだろう。


民主主義や平和や生存はそれぞれが自分で考え、守らなければならない。自民や公明などの後援会員だからと言って、何も自分で考えず、選挙に行き、組織の意向で票を投じる事はある意味、反社会的で、国民の、自らの民主主義や平和や生存すら否定されることにつながっていくと、気が付かなければならない。


サラリーマンも公務員も中小の事業者や投資家もみんな、民主主義社会では仕事は自由に選択でき活動できるが、自由意思と考えは仕事によって左右されたり支配されてはならない。まずは一個の人として、自分を大切にし、家族を守って、自由で平穏な社会を求めていく考え方を確立する責務があるのではないだろうか。


人は、この自由主義経済のもとでは生きていくために働かなければならない義務がある。法律に反しない限りでなんでもやって生きていかなければならない。その代わりに将来のあるべき姿を自由に想い描き、一票を投ずる権利があるのである。


もう余り猶予はないようである。かつての暗黒の時代へ速度を上げて突き進んで行っているようである。次の選挙でストップをかけなければ、もう間に合わないところまで来ているようである。


もうポチのポチでいては、暗黒の時代が待っているだけである。私は絶対にポチのポチにはならない。                                  (2015年9月21日)

政治家と理念

今、理念を持っている政治家は少ない。この人を支持したいと思って、話してみても地域の活性化と改革のみを称える。活性化や改革は当たり前のことである。

 

地域の改革や活性化策を叫べば際立って見えるのは、その他が如何にその事に取組んでいないか、取り組んでこなかったかということの表れである。それはそれで大きな問題であるが、だからと言って改革と活性化を称える政治家を誰でも、全面的に支持とはいかない。

 

改革の先にどういう社会を作ろうと言うのか、そこがしっかりしていなければ、改革も成し遂げられない。そしてさらに言えば誰のために、が明確になっていなければならない。

 

民主党政権が失敗したのはそこではなかっただろうか。単に失敗だったと片付けられない問題は、以前よりさらに悪い状況に戻す結果にしてしまったことである。そして現在の不幸な状況を招いている事である。

 

我々国民も大いに反省と学習をしなければならないところである。どの様な民意を表すかという事は重要であり、我が身に降りかかる事なのである。

 

改革や活性化策を称える先に、どんな社会を目指しているか、誰のためにやろうとしているのかを見極めることである。付け加えるならば、どんなリスクが潜んでいるかを想像することではないだろうか。                                  (2015年6月22日)

会社(企業)は今も昔も

会社(企業)とは社会的な存在で、人々に仕事を提供することによって人々の暮らしと幸福に貢献し、共に社会を維持、発展させていく存在であると思っていた。

 

今、国家間の対立や、国際的企業間の競争が激化する中、会社(企業)はなりふり構わず、かつてのように自己保全に走り、人々を搾取し支配する、対立する顔を露わにしてきた気がしてならない。

 

政府はその後押しをして、日本の企業が国際競争力を付けるために、原発を稼働し安い電力を供給する必要がある。又税制面でも優遇し、内部留保を増加させなければとしている。

 

企業が利益を上げれば、そのお零れが国民にまで回わる筈である。そして人々は豊かで幸福になれる。それ故、まず企業を潤わせ、経済を発展させなければならない、企業を中心とした社会を構築しなければならないという。

 

これは支配層や資産家、投資家、そこに群がる者にとっては好都合の路線だろうが、大多数の国民を置き去りにしているのは明白である。一般国民がまず潤わなければならなければ、大多数の国全体としての暮らしと幸福を持続する形はできない。

 

メディアからは経済が上向いてきたという数字や情報が多く伝えられるが、実生活で目にする消費の現場ではそんな実感は全くない。依然として消費の低迷を強く感じる。国民の生活実感は敏感で、現実である。

 

いずれ、景気は回復すると言うが、多少の上下はあっても、根本的な回復はない。そもそも路線が間違っているのである、我々は実感として気付いている筈である。何故ならば景気の良し悪しは一般国民が感じる総意の結果であり、一部の富裕層をさらに豊かにしても全体は良くならないということである。

 

企業と政府はアメリカの言いなりの戦争の出来る国作りに躍起になっている。日本経済や国全体というより、一部の支配層とその周辺を利する路線を変更せず、突っ走るだけだろう。

 

この政府と企業が一体となって進める路線はむしろ国民を貧しく不幸に導き、国家を破滅させることになる気がしてならない。

 

かつて、資本主義は資本家が労働者を搾取する社会で、労働組合と資本家・会社側は激しく対立した時代があった。その後一億総中流化と言われ時期があって、全体として、一見、豊かになったかと見える時代もあった。企業の社会的責任や貢献が叫ばれ、企業も人も共に栄えねばとされた民主主義社会の時代も終焉を迎え、昔の時代に帰っていくのだろうか。

 

こんな間違った路線を国民の大多数は望んでいないはずである。政府と企業にはっきりと民意を示さなければ我々は大変なところへ連れていかれるのである。          (2015年6月21日)

風雲急を・・・

風雲急を告げてきた。安倍政権は窮地に立った。崩壊への始まりを予感する。戦後最悪の政権で、一刻も早く終焉させて正常な社会に戻してもらいたい。

 

今、何が不安かと言えば、メディアの姿勢である。先週末は各地で安保法制と集団的自衛権の憲法違反を糾弾する集会やパレードが行われた筈なのに、あまり報道がない。

 

国民の自由と民主主義を守る使命を持つ筈のメディアが批判を忘れ、安倍首相と頻繁に会食や密談を重ねていると言う。権力の暴走をチェックすべき側のこの動きや対応には大いなる疑問を感じる。

少なくても事実と現状はきちっと報道する責任と義務がある。これでは国民は正しい判断は不可能である。

 

権力を握れば何をしてもいいのだろか、学者は平和を考えていないと言い、意見を聞こうともしない。学問を子供や若者に、政治家である自分たちが教えるとでも言うのであろうか、それとも自分の國とでも思っていて、何をしてもいいと思っているのであろうか。

 

傲慢である。少なくとも国民は簡単に騙せる、何とでもなる愚かな存在である、と思っている気がしてならない。                              (2015年6月16日)

社会の未来

最近よく自己責任という言葉を耳にする、又個の時代であるとも言われることがある。終身雇用は過去のよき時代のことで、核家族化の深化や地域社会の崩壊してしまったのが現在の姿である。


人の考える事には、自分の事、会社(仕事)の事、社会の事、この三つに分類できるのではないだろうか。人は自分の事を考えなければ生きていけない、会社(仕事)の事を考えなければ食べていけない、社会の事考えなければ生きた証が無くなる。

この三つの事をバランスと整合性を保ちながら歩むのが人生なのだろうが、厳しい現実を生き抜くには様々な事態に遭遇する。自分の事を考えること(自己責任)と社会のあるべき姿を考え求めること(社会的責務)は必ずしも常に整合性を保てるものではない。

若者は今厳しい現実の社会に晒されて、仕事を確保し、安定性を求める中、過重労働を強いられるなどで大変な日々を過ごす人が多くいる。自分のことを考えるので精一杯の状態かもしれないが、現実と切り離すというか、だからこそというか、社会のあるべき形に思いを巡らせ、そのプロセスに想像力を働かせ今すべきことを考えなければならない。

ともかく自分の足で立ち、社会の未来を自分で考える、そして何よりも表現していくことが大切ではないかと思っている。                               (2015年6月11日)                

若者を戦争には・・・

我国の代表的な憲法学者が国会で、揃って集団的自衛権の閣議決定から今回の安保法制は、憲法違反であると明確に断じた。安倍首相を始め自公の政治家はどうするのだろうか。


躍起になって詭弁を弄し強引に進める姿勢には変わりがない様だが、そうは思うようにいかないと思う。結果の如何にかかわらず今回安倍首相の側に立ったり、何も言えなかった政治家の責任は、重大である。


歴史を見ればいつの時代も戦に行かされ命を晒すのは、一般大衆であり若者である。戦を起こし進める側、支配者やその子孫は常に安全な場所から駆り出し煽り鼓舞し多くの人を死へ追いやる。それを繰り返えしてきたのが歴史である。


戦争へ行かされ死んでもいいと思っている若者はいないだろう。民主主義社会には理不尽な義務を押し付けられることを拒否できる権利、選挙がある。今、その権利を放棄したり、権力の側やメディアに惑わされていたのでは民主主義は成り立たない。


支配者や高齢者、老人のように戦争に行かなくていい義務を免れることができる者が、他の者に義務を負わせる権利があるのだろうか。いわんや戦争やその可能性を容認する意思を表示するのは、民主主義社会の正しい在り方とは思えないのだが。               (2015年6月8日)

口永良部島噴火に想う

爆発的噴火のようで、ニュースで大きく報じられた。すぐ安倍首相が万全の対策を講じるよう指示をしたと言うコメントと映像が流された。以前から気になっていたが、このような場面で首相が必要以上に頻繁に表れる気がしてならない。この場合安倍首相の映像や主語は必要ないのでは、と思うのだが。


本来、行政府としての当然の仕事であるのに、さも国民のため頑張っているというパフォーマンスが多すぎる。メディアと結託して、安倍を刷り込もうとしているのが見え見えである。

国民を洗脳して何をしようというのか、誰のため、何のためなのか。

 

思えば北朝鮮のニュースと言えば、金正恩が部下や関係者にテキパキと指示している映像が流されるが、これと似ている気がしてならない。我国民をかのくにの国民と同じように扱おうとしているのだろうか。

 

そんなことを想いながらテレビを見ていたら、出演者のタレントが安倍首相の国会質疑の対応は自分勝手で小さな人間に見える、とコメントを始めたとたん、全く関係ない話題に変わった、内容が途切れて飛んだ不自然な番組であった。                    (2015年6月1日)

在るべき今と今なすべきこと

昔から犬と猫は何とも好きになれない。子供の頃はそうではなかったが、可愛がっていた飼犬が死んだその悲しみがもとで、以来飼わなくなり、次第に嫌いになったようである。

 

犬は、猫とは正反対で群れる習性があり、群れはリーダーを必要とし、飼い主をリーダーと思って、従順になるらしい。逆に猫は群れる習性は全くなく、基本的に単独行動で、リーダーを必要としないので、人間の言うことは聞かないそうである.

 

犬をペットにする人は今増えている。それはさしずめ、犬を可愛いがるが、一方でリーダーとして意のままに権力を振い、社会生活や人間関係で充たされない鬱憤を犬で充している、とはなっていないだろうか。

 

時代は今、多数の真の民意が正当に反映されないで、リーダーが思いのまま狡猾に権力を強化し、民主主義が危殆化している気がしてならない。

 

猫の様に群れず、リーダーを求めない、人間の言うことを聞かない、という習性が何となくよく見えてくる。この習性を民主主義を守るために参考にしなければならない時代になってきたのであろうか。

 

人は常に時代や環境のみならず、自らの習性をも正視し、子孫や次代のために、「在るべき今は」、「今なすべきことは」について、それぞれが一個人として真剣に思考しなければならないのではないかと考えている。                            (2015年1月12日)

十五年の時を経て

友人三人で会った。楽しみにしていたが、私にとってはストレスが残る飲み会であった。遠方から来てくれた友人の、役員にまでになり立派に勤め上げ退職をし、さらに再就職して頑張ってきた十五年間を聞きたかった。

 

私も自分の人生や今の思いを語りたかった。不特定多数が集まる同窓会と同じ様に昔ばなしに終始する展開に終わってしまったのが残念である。

 

過去の話や自分に関わることしか話題がないのが悲しい。相手に関心を持つこと、自分が長く話せばそれ以上に話を聞く、そんなマナーと思いやりがなければ、私にとっては楽しい会合にはならないということを改めて実感した。

 

十五年という歳月は重い、学生時代から言えば四十数年、それぞれに年輪を重ねてきた。地元を離れ見知らぬ地で頑張りきちっと人生を築いてきた友人には尊敬の念を覚える。それは彼には及ばないながらも同じマラソンで同じ様なレースをしてゴールが見えるところまで来たからこそ、その様に思えるのかもしれない。

 

一期一会ではないが、生きている場所が違い、それぞれの人生があって会える機会は、もうそれ程ある訳ではない、有意義な時間を持ちたいものである 。

 

互いに同じ時代の空気を吸い、同じ時間軸を共有していて語り合える深め合える間柄は本当に貴重なのであり大切にしていきたい。

 

ともあれ、仕事の世界で人から求められ人に役立つ間は、過去の事に耽ってはいられない。まだ現役であり今日と明日の事、次の時代の事に思いを巡らす毎日にしなければならないと思っる。                                  (2013年4月7日)

 

従来メディアはどこへ

最近の民放は、見るものがなく目を覆わんばかりの現状で、テレビ時代の最末期の様な感を呈している。我々が子供の頃からテレビ中心の社会へと移行していき、間もなくテレビが生活の中心に位置し、ある意味我々を支配してきた時代が長く続いた。

 

その間、コンピュータが出現し、小さくなり、パソコンとなって一般に普及しだした後、インターネットが始まり二十数年立って、今、大きな存在になり社会を変革する原動力にもなっている。

 

テレビメディからインターネットメディアへ移行が叫ばれる中、テレビメディアは、今、広告収入が半減しているとのことらしい。これはテレビメディアが消滅の時代を迎えた証明になるのだろう。

 

その点民放とは成り立ちが根本的に違うNHKは安泰で、テレビメディアとして、これからも存在していくのかと思っていたが、今回の朝ドラに見る新たな試みは何を意図し、意味しているのか理解に苦しむところがある。

 

朝食を食べに入った店で、ディナーを食べさせられたような気持になった。世の中の現実の厳しさや運の悪さや不幸を乗り越えて生きねば、と言いたのであったのであろうか。

 

今多くの人は、言われなくてもそのように生きなければならない、すでに生きている時代である。

せめて、ドラマでは、明るい夢を見させてほしいという思いを弄ぶ様な手法は、ある意味傲慢で、独りよがり的で、あと味が悪かった。

 

民放の経済的要因とこの様なNHKの姿勢がテレビメディアの消滅を加速するのだろうか。(2013年3月31日)

 

団塊の世代の一つの最期の形

娘婿の父親が末期ガンで病床についた。医師によれば数年前から病に陥っていた筈で、手遅れの状態であるとのことのようである。


病院嫌いで、喫煙が習慣であったこと、寡黙ながら誠実で、いつも周囲への気遣いをする人で、ストレスも多かったのかもしれない。私より若くまだまだいろんなことができる年齢で不憫な思いに駆られる。息子を前にしていると悲しみがこの身にも押し寄せてくる。

 

我々の親世代は、かつてほとんどこのようにガンが分かった時は、末期を迎えていたのではないだろうか。今 我が国の保健や医療の現状は、健康診断、検査攻めの早期発見、早期治療の実施、奨励が常識になっている。

 

そんな方針に添い、早期に発見、治療の機会を得て完治すれば幸いだが、そうでない場合は本人のみならず精神的ケアなど家族や周囲の苦難と虚しさは計りしれないのも大きな現状である。

 

最後まで自分として生きる人生と周囲の悲しみと苦難の最小限をのぞむのであれば、前時代の最期の迎えかたも有りかと思えてくる。


今、そんな生き方をあえて取ろうとしている人が、結構周囲に存在することも知っている。医療の現状やあり方に納得できない姿があらわれているのであろう。


娘婿の父親はそこまで考えていたかどうかは今となっては分からないが、先日見舞った時、重大な状況下にもかかわらず、冷静で淡々とした対応に接し、家族に対する思いから本能的にそんな生き方を選んでいるのは、あり得ることだと感じた。


今日、厳しい容態であるとの検査結果を聞かされた。抗がん剤投与、延命的治療はしないとの対応でいくとのことである。よかったと思っている。恐らくそれが、本人が一番欲した形であったと思うからである。それは私自身も望む最期のすがたであるからであろう。(2013年4月1日)

 

高齢者の責務

峰山で買った「こっぺがに」

貯えも少し出来た、子供も独立した、年金もある。そして健康である。そんな高齢者はえてして自分の事と自分の回りの事しか関心をもたず、現状を守り、自分の立場の確保に終始する。

 

そして他人の意見に耳を貸さなくなる。将来や社会や国家のことに関心がなくなり、だんだんと現実が見えなくなるのである。

 

そこに自分の考え、意見を持っていない。社会や国の在り方を自分で考える習慣を持っていないのか、ただメディアに流され、影響されて、本質を掴めないまま一応関心ある態度はとる、というそんな高齢者はさらに厄介である。

 

社会や国家について自由に考える習慣と発言する習慣を持たない世代、黙って辛抱してついて行けば何とかなる、として仕事人生を過ごした世代が、元気な高齢者としてどんどん増加している。

 

子供や孫達の世代の事、次の時代の事を考えた場合、今、自分は何が出来るか、かつて組織人として自由な発想ができなかったこともあったであろうが、今、これからは何の拘束も、しがらみもない形で自分自身で社会や国家や次の時代を考えることが出来る筈である。

 

次代の人間に対して我々に出来ることは、原発容認の考え方に見える、社会のしがらみの中からの発言などに引きずられることなく、賢明に、若者や将来のことを考えて対処することではないだろうか。これは重大な責務である。

 

現状に満足し守りに入り、それを維持する側に組することは次世代の事を考えればある意味、反社会的と言わざるを得ないかもしれない。(2013年1月31日)

 

依存から自立の社会へ

教室のパソコンをWindoes8に!

ここのところ、生活保護を受けている人が増加の一途を辿っているらしいが、事業に於いても補助金や助成金を事業展開に慣習的に、又前提として組み込んでいたりするのを見かける。

 

資金面のみならず、常時人的な面でも専門家に依存したり、能力を持った人、他の力に依存する体質の人や経営者が結構いる気がしてならない。自力や自社で賄い、乗り切る力を養い貯える事を疎かにしている。

 

平時から自分ならこう考える、局面での対応策はこれだ、とかなどまず自分の考えを絶えずシミュレーションしておくこと、習慣にしておくことが大切ではないだろうか。この姿勢が自立への道の第一歩ではとの気がしている。

 

依存体質は惰性的に、慢性的に継続する傾向がある。依存体質から脱却して自分で考える、自分で賄う、自社で決着をつける。この繰り返しから自立の精神が芽生え、自立の誇りが生まれてくるものである。

 

依存体質は惰性的に、慢性的に継続する傾向がある。他への経済的、人的依存からは新しいものや有益なものは何も生まれない。

 

保護や助成は結果として事業発展とは逆で、事業の推進・継続の枷になった現実をいくつも見てきている。個人の生活保護も又然りでる。保護や助成は、受ける側の為というより、行う(提供する)側の都合で行われることが多いもの、と言う認識も持っていなければならないものである。

 

自立の社会は、他への依存を排し「自分で考える」、自分で賄うことの積み重ねから築かれていくものであろう。(2012年12月31日)

 

徐々に老いる姿に・・

風情ある坂本の石積み

今年は、師走を間近に控えたこの時期に開催され、駆けつけることになった。同窓のミュージシャンのコンサート。毎年恒例で、全国ツアーの京都公演である。

 

当のミュージシャンが同級生で、コンサートを主宰するのが友人と言う関係で、今年は第八回、八年目の開催を迎える。ほぼだいたいは来ている。

 

その年、その年で感じること、思うことがあって、歌を聞きながら想いを巡らすひと時になっている。

 

八年前は、我々まだ五十代で、かつてのヒット曲を聞きながら、昔を懐かしむ気持ちで一杯だった。二年目、三年目と徐々に昔を懐かしむ気持ちから、現在のことや先のことへの気持ちを重ねるようになってきた様に思う。

 

今回は、六十歳を超えているのに、夕方の五時半から八時まで、恐らく30曲以上を一人で歌い続ける姿を見ていて、自分も頑張らねば、との思いになり元気をもらった感じである。と同時に徐々に老いている姿に、自分の姿を見る思いであった。

 

どういう現役の退き方をすべきか、と自分自身のことを考えながら、又彼が最後に歌った「戦争を知らない子供達」の、まさに戦争を知らない我々世代、戦争を知らずに終わりたい・・・


そして来年、再来年とやりたい、との主宰する友人の言葉を聞いて、次のコンサートのチケットを申し込んだ。(20121131)

 

デジタル的発想では思想が・・

人の顔を見れば、その人がどんな人生を送ってきたのか分かる、顔には人生が刻まれているとよく言うことがある。

 

確かに人は対面をした時、誰もが相手に何かを感じて、判断をして、それぞれに対応し、生活や仕事をするものである。

 

人は過去の生き方や体験の積み重ねの結果、いわばデジタル的に表現できる現時点の状態(今の仕事力と人間力)があると同時に、アナログ的な過去から未来につながるそれぞれの歴史を持っている。そのアナログ的なものとデジタル的なものの交差する一点に、その人の本性のようなものがあるのではないだろうか。

 

今はデジタル全盛時代。社会のシステムや個人の存在が、パフォーマンスと表現するための自分磨きにのみ力点が置かれる偏った時代なっている

人間の生き方はデジタル的発想では作れない。過去から未来につながるアナログ的発想をベースすることによってのみ、人としての充実した人生を作っていける生き方を追求していけるものである

デジタル的発想と生き方、考え方、世界観、思想を育て作っていくこととは相いれないのではないだろうか思っている。

 

人はどう生きるかを考えることは大切な事である。これからのデジタル的発想の世界の中にあっても、個人としても如何にしてアナログ的発想を加味し重ね合わせるか、という作業が重要な課題になってくるのであろう。(2012年10月31日)

 

局面で、未来の姿の想像を!

人は局面に立つと本性を現す、とよく言われるが、社会や国家も同じで時代の節目にさしかかり様々なことで、その本質を露わにしてきた感がある。

 

今、あの3.11から1年半が経ち、原発に依存する電力の供給体制を今後どうするのか、我国のエネルギー政策をどのように持っていくのか等、重大な局面を迎えている。

 

経済界や官僚や政治家、それも権力に近い政治家達の体制側は原発事故に関する事実を隠ぺいし、脱原発の考え方などに対し詭弁を弄し、国民を3.11以前と同じ方向に向けさせようとしている。

 

一方、この動きに危険な匂いを感じた始めた国民の多くが脱原発を求めるデモを繰り返し、大きな民意となってうねり始めている。

 

我国社会は今、危機的な経済状態が象徴する歴史的な苦境に陥り、若者を始め多くの国民は不安を抱え、将来の展望が持ち得ない状況に置かれている一方で、既得権益に浴する側に身を置き、自らは安全、安泰の立場にある国民も少なからず存在している。

 

現状を守りたいとする体制側はこれらの国民を巻き込み、巧妙にメディアを操作しながら、従来の原発による電力を基盤とする社会の現状固持を企図している。

 

ここからは未来の日本を考え、子供たちの未来を思い描く姿は何も見えてこない。ただアメリカと結んだ原発輸出に関する協定を守り、これらの輸出に係わり利潤を得ようとする企業と、原発を推進してきた研究者や専門家やその周辺の人間の立場と利益だけを、見ているのであって、国民を危険な状態にさらし続けていることには間違いないのである。

 

それらの側に立つ人達は、本心で本当に原発を基盤とする社会が必要であり、幸せな社会であると思っているのであろうか。

 

今一番必要なことは、自らは安定した平穏な状況にあっても、徒に安住することなく、己を無にしてでも日本の将来、子供たちの未来を考える想像力を発揮することではないかと思っている。

 

難しいかもしれないが、自分の立場だけでなく、いやその立場を少し横に置いておいても、全体としてどうあるべきか、将来はどうあるべきかを、あの311日の光景と福島の原発事故とその後の状況を思い起こし、その事を踏まえて考えなければならないのである。

 

物事の本質や全体や将来を深く考えない人間は、民主主義の将来にとって負の要因になってくるのではないだろうか。それらの人々によってこの日本の未来が歪められ、毀損されてはならないと思っている。(2012年9月27)

 

スポーツ観戦で若者を想う

山の辺の道を歩く(桜井~天理)
山の辺の道を歩く(桜井~天理)

オリンピックが終わって、あと数ヶ月もすれば、今はオフシーズンである駅伝やマラソンの季節になる。いつも自らも走りたくなってきて仕方がない季節に入っていくのだが、観戦にも興味が尽きないのである


長距離ランナーの最後のスパート時の顔とスタートダッシュ時の顔とに、いつも惹き付けられている。その二種類のいくつもの顔に連続して出会え、出会える数だけの感動が味わえる場所、それは駅伝のバトンタッチをする中継所付近である。


ゴールが見えた!全力を振り絞り、顔面紅潮させ、中には表情を歪め荒い息づかいで、中には小さく苦しそうな声を発しながら、それでも一点、ゴールを見つめて中継点で待つ次走者を目指す。


一刻も早くたすきを渡さんがため、歯を食いしばってゴールへ向かう姿を見ていると人間としての、真摯な姿と、美しさを感じ、感動をさせられ、身震いするほど、自らも身が引き締まる思いがするのである。


続く場面は、たすきを受け継ぎ、飛び出す次ランナー。その表情は、はやる気持ちを懸命に抑えながらマイペースでと自分に言い聞かせ走り出すかのような走者、又何が何でも前の走者に追いつくのだと全力で走り出す走者。


走り出す皆に感じることは、それぞれたすきをつなげてきた前走者達とは気持ちがつながっており、個人競技ではなく団体競技だという意識が強く存在しているのだなあということである。緊張感に包まれながらも自分のこれから走る区間に対する、状況を踏まえた方針と秘めた決意のようなものが伝わってくるのがこの走り始めのスタートダッシュである。


見るものに感動を与えるのは中継点のゴールに、向かってなだれ込む、全力を出し切る姿であり、又たすきを受け継ぎ、状況を瞬時に把握し、目標を設定し、極度の緊張感の中を、決して自分のためだけではなく自分以外の多くのことを背負いながら走り出す姿がそこにあるからであろう。


沿道で観戦していることの良さは、目の前を通過していく走者はトップを走る人もラストを走る人も全く同じアングルで、同じ時間だけ、同じサイズで目に入ってくる。


私には、走っている若者を見ていて、そこに時代と社会と人生の困難に立ち向かうそれぞれの姿と、物事に冷静に対処していこうとする姿を重ね合わせるのである。目の前を通過していく若者を追っていると、結果としての勝ち負けや順位は全く意味がない気がしてくる。


沿道の観衆の前を通り過ぎていった多くの走者は瞬間瞬間それぞれの場所で、それぞれの思いを胸に秘めその全力で走る姿で自らを表現し、そこにいた沿道の観衆に同じ質と同じ量の感動を与えたているのである。


トップでゴールした走者やそのチームだけが、又順位や記録だけが全てのような、価値があるようなメディアや関係者の捉え方には、違和感を感じて仕方がない。若者の本質や社会の本質からは、ずれている気がしてならない。走る選手の心と沿道から声援を送る観衆の目線にメディアや関係者の捉えているものや思惑とは違った真相が存在している気がしてならない。


少なくとも個人の優劣や学校間や都道府県間の順位や新記録などが霞んでしまう程、感動を与えてくれる全ての個々の若い走者達、そんな若者を見ていると次の時代もそう捨てたものではないとの希望が湧いてくる、すがすがしい気分になれることなのではないだろうか、そしてその感動する心とそのような視点を持つことがこれから一番大切なことではないだろうか。(2012年8月31日)

 

いじめと脱原発

最近のいじめと脱原発に関する騒動、この二つの問題は突き詰めていけば根底で繋がっていて、一個の問題ではないかと思っている。

一人の生徒の命が亡くなっているにも拘らず、いじめはなかったと結論づけ、自己保身に走り、文科省の道徳教育のモデル校としの立場から偽装を図ったのではとの報道もあって、学校側の責任は重大であり、犯罪にも匹敵するのではないだろうか。

教育に携わる側としての一番大切な、人の尊厳を尊ばなければならない精神の決定的喪失をここに見る思いである。

一方、3.11から1年半が過ぎた今、この原発事故の深刻な問題を前にしても、放射能でここまで誰も死んでいない、今後10年から20年の間でこのことの影響で誰も死なないと思われる、皆が深刻にとらえすぎているのでは・・・。

故に我が国の経済維持のための電力確保上、原発は必要であり推進すべきと発言する電力会社や原発関係者の原発容認推進派の姿を見ていると悲しくなってくる。ただ自分の生活と立場と仕事を守りたい思惑しか見えてこない。ここにも人としての心の重大な喪失を感じる。

いじめと原発問題の共通点は、現状を守ることによって既得権を持つ人間の保身の論理、と個人の尊厳の原点に立ち戻ろうとする心、との対立以外の何物でもないのではないだろうか。

国家の経済や会社や団体の都合を考える前に、人間一人一人の命、個人の尊厳を皆んなで確認し、互いに守っていこうとする精神を復活させることが、今一番大切なことではないかと思っている。

自殺はいじめとの因果関係があるとは言えない、とする校長や教育長の精神。まだ今のところ放射能では誰も死んでいないので大丈夫、との発言が出来る精神。これらを社会から消滅させなければ、社会自体が消滅に向かうのであろう。

原発に頼らない社会は、いじめのない社会に繋がっている。そんな社会を描き、そこへ向かうための意思表示と行動を表さなければと思っている                (2012年7月25日)

明日、下の娘が結婚を

下の娘が明日結婚式を挙げる。上の娘の時は一緒に住んでいて、手の届く範囲内にいたということもあってか、嫁に行くという実感があまりなかったが、今回は少し違う感覚である。

 

通っていた大学が家から離れていたこともあって、二十歳の頃から一人住まいを始めた。以来ずっと離れて暮らしていた。嫁に行くということで、さらに遠くなってしまう気がするからだろうか、何故か寂しい気持ちが湧いてくる。

 

真面目で、頑張り屋で、自立心旺盛のしっかり者である。いつも思い出すのが小学生の頃、女房と上の娘が留守をして、私と二人になった日で昼食の時間になると、小さな娘が当然のことのように私の食事を作り始めた、お母さんの代わりをしなければと思ったのだろうか。

 

あの自然な優しさがあの娘の原点であり、本質なのだろうと思っている。あの娘のことを想う時、いつもこの時の印象が私の心に、大きな位置を占めている。

 

今、若者にとって厳しい時代が続きそうだが、時代や社会に負けないで、出会えた良き伴侶と仲良く心豊かな人生を歩んでくれることを願っている。

 

歳をとったせいかもしれない。私にとっても大きな節目になりそうな下の娘の結婚である。人生というマラソンの折り返し地点を通過して、あとは平穏に無事にゴールを目指すことかなあ、と思っている。

 

二年前に先祖が眠る墓地の一角に我が家の区画を購入した。周囲の者やお寺の側からも何故今と言われた。

 

死後の世界はあるのか、ないのか分からない。ただ死ねばそれで終わりとも思えないし、思いたくないのである。せめて生きた証は遺したいし、記憶に留めてくれる子供達がいる以上は、と思ったからだろう。

 

ともあれ、私の人生にとって二つ目の大切な届けものを、無事に届け終えれて、帰途につく心境である。(2012年6月30日)

高齢が恥ずかしい・・・との気持ちは健全ではない

人は誰もが若くありたい、若く見られたいとの気持ちを持っている。不老長寿は人間としての根源的で究極の命題と言えるかもしれない。

 

こんな気持ちが高じていくうちに、どこかで鬱屈するのか、高齢であることが恥ずかしいとの気持ちに至る人が周囲に結構いることが悲しい。

 

確かに表面的には老いは若さに比べ美的に劣り機能的にも及ばない。高齢者にとっては、若さや美しさに圧倒されて引いてしまうこともある。

 

しかしその気持ちの多くは周囲に対する心遣いであったり、奥ゆかしさや、おおらかさや、優しさのなせる結果なのである。

 

故に周囲が思いやりの心を持って、あえて高齢者を持ち上げ、前面に押し出してやることが必要なのである。にも拘わらず、その奥ゆかしさに、便乗するかのごときぞんざいな扱いや無視の姿勢が多くなってきているようである。

 

メディアなどで弱さや醜さをネタにし、笑にするギャグは一つの風潮になり、弱者を庇い、高齢者を敬う精神を希薄にさせ、その延長線上に親や子の虐待へと繋がる現実が・・・との切ない気持ちになる。

 

最近、周囲の高齢者を見ていると、趣味や孫の守り、自分の家族だけに関心をもって、老後を過ごす人達が目立つのだが、それだけでは、若い者から尊敬されないのではないだろうか。

 

今までの人生や今の時代を語って、斬る、次の世代に何かを残す姿勢、加えて後進を育て、道を譲る精神が欠けていることが若者から尊ばれない原因かもしれない。

 

高齢者こそ、自信を持って、胸を張り何事にも恐れることなく、周囲や社会に対して自分を表現し、発言をしていかなけれならないのではないだろうか。

 

そうすることによって子供や若者から尊ばれ敬われる。そんな高齢者が増えてくれば、高齢者全体に対する見方も変わってくるのであろう。


そして本来あり得ないことである、高齢が恥ずかしい・・・との気持ちは、世間から消えていくことになるだろう。(2012年5月30日)

本当の「拘り」とは

「拘り」と言う言葉がよく使われることがある。これはマイナス的な意味とプラス的な意味が含まれている場合とがある。最近はどうしても譲れないことでプラス的な意味合いを込めて使う場合が多いようである。

 

地位や立場からの発言をしたり、それを守ろうとする動きに対しても使われたり、又生活スタイルやファッションや趣味などで自分の形を守る場合にも「拘りがある」とプラス的捉え方で使うこともある。

 

よく使われている中で、すべてがプラス的な意味での拘り、とは言えない場合も結構あって、上記のケースの中にもプラスとは反対のマイナス的要素を帯びた「拘り」も含まれているような気がしてならない。

 

理念や高い精神に係わることについて、どうしても譲れない、守りたい、貫き通したいと言う時に表現する言葉として使うのが本来なのではないだろうか。

 

それにしても、責任感の欠如、自己利益追求の過程や地位や立場に慢心し胡坐をかく状態の中での「拘り」は固執とか、しがみ付くと言う表現の方が正しいのではないだろうか。

 

又、感性が左右する生活スタイル、ファッション、趣味などの分野も外的要因や時間の経過とともに変化する可能性があるところからも本来の「拘り」と言えないのではと思っている。

 

人生を賭けたり、仕事の大きな局面で、人間関係の節目でどうしても譲れないこと、さらに人間的にそれも多くの人の視線に耐えられる内容での拘りと言うのが「本当の拘り」と言うものなのではないだろうかと思っている。(2012年4月27日)

故郷は遠きにありて・・・

「故郷(ふるさと)は遠きにありて、思うもの」という言葉があるが、そこには、時には思い出し、そして懐かしむ気持ちが込められている。

 

さらにその言葉には、今はそこに住み暮らしてはいないが、戻りたい、でも戻れないというような切ない望郷の念に溢れる心情をも表している。


故郷に住まなくなったのは、自ら進んで故郷を後にした、すなわち都会生活への憧れや目的を持って新天地に出て行ったという場合が多いとは思うが。中には、仕方なく仕事のため、暮らしていくために、親兄弟や友、或いは家族と離れ、故郷を後にせざるを得なかった場合も多いのではないかと思う。


いずれにしても、故郷は、今、現実に存在しているのであって、いつの日か気持ちが変わったり、状況変化によって戻ることは可能である。しかし東日本大震災が襲った町や村は無くなってしまった。それも一瞬のうちに。

 

町や村を追われた人たちには、もう帰る故郷がないのである。「故郷(ふるさと)は遠きにありて、思うもの」という言葉で振り返ることも出来ない。何故なら現実に存在していないからである。

 

この被災地の現実は我が国のあらゆる地方に近い将来の姿として突き付けらている現実の様な気がしてならない。

 

被災地は一瞬のうちに故郷が消失したが、その他のところは徐々に時間をかけて故郷の消失が始まっている、そして存在しなくなる現実が迫っているのではないだろうか。

 

東京一極集中、地方の過疎化、限界集落等々、地方では人は住めなくなり、人口の大半が首都圏に集中する流れはとまらない現実はそのことを物語っている。

 

原発を維持し経済成長重視する路線は、例え震災が来ないとしても、日本から故郷を喪失させていく路線なのである。経済発展のために故郷を、日本の国土を、日本を消失させてはならないのである。(2012年3月30日)

 

あの「昭和の時代の町内会」を懐かしむ集い・・

地域の絆が大切、との叫び声が何故か虚しくなるばかりの昨今。還暦も過ぎた男女10名の小さな同窓会があった。皆んな、昭和三十年頃から五十年頃にかけて京都市郊外の北部で同じ「一つの町内会」に住む、当時は若者であり子供達であった。

 

中には五十年ぶりの再会であったが、顔を合わせ名前を名乗り、思い出し分かった。当時の記憶も次々に蘇ってきた。時間の経つのを忘れ、当時の人達の消息話、神社やお寺やその裏山、一面レンゲ畑の田圃や小川、夏の高野川で遊んだことなど語り合った。

 

夏休みの最大の行事であった地蔵盆は、町内の大人や子供が全員集まったもので、子供劇、盆踊り、福引とその準備に町内あげて大わらわであった。毎年夏休みに入れば子供達を集め、台本作り芝居や踊りの稽古をつけてくれ十年以上に渡り世話をしてくれた恩人にも会えた。

 

今はどの地域もこの当時のようなつながりや絆はなくなってしまったのではないだろうか。今の子供たちが五十年後、懐かしく語れるものを、我々は作ってやっているのだろうかと思うことがある。

 

半世紀以上この地に住んでいる。田圃や小川は無くなり、山は人が入れなくなったりで自然環境はすっかり変わってしまったが、地域の地蔵盆は続けられている。楽しみにしている子供達の姿を見て接っすると今も昔も子供の気持ちは同じであることが分かる。

 

地域の絆の原点は、子供の眼に映る地域の自然を始めとする周囲の環境であり、地域の人間関係や大人の姿なのである。子供達の地域や大人に対する思いを大切にしなければならない。(2012年2月29日)

 

毎年、正月に想う・・親の教え

母親が死んだのはもう20年も前の正月の元旦のことであった。全く予期できない突然のことであって、一族、家族の全員が悲しみで途方にくれた。

 

その時初めて、人の死とはこのことなのか!それまでは命に限りがあるということが実感できなくて、永遠であるかごとく錯覚をしていたのがはっきりと分かった。そして悲しみの極限とはこのことかもしれないと思った。

 

母が死んで18年後、2年前に今度は残されていた父親が死んだ。突然、姿を消すことが残された者へどれ程の衝撃を与えるかを一番身にしみて知っていたが故か、残していく者を悲しませないためか、徐々に死を予期させながらの、死を選んだかのような・・・そんな死に方であった。

 

全く正反対のあの世への行き方をして行ってしまった両親ことを思い出していると、夫婦は子供を生み、育て、最後別々に死んでいくけれども、残していく子供に対し、命の有限と人の尊厳というものを自らの死をもって、それぞれに教え残していくものであると思った。

 

別々の形であたかも役割分担したかの如く、恐らく我両親はそんなことを意識して死に臨んだとは思えないが、普通に家族・子供を思って一生懸命生きることで、その背中がそのことを語り、それを見て子供は教えられるということかもしれない。


・・・・母親が亡くなって20年が経った時、こんなエッセーを書いた。それからさらに9年を経てこの正月を迎えた。今年、下の娘が結婚をする。母親が亡くなった時はまだ3歳だった。30年近い年月が過ぎた。


世間ではよく育て上げたなどとよく言うが、私から見ればよく育ってくれたとの思いがしている。むしろ私に生き甲斐と仕事へのエネルギーを補給してくれた感が強い。

 

小さな頃は、いろいろな想いを話した記憶があるが、徐々に仕事への傾注と不器用さからか、背中しか見せられなかったのでは、との思いが否めないが。

 

この先で、私が母や父に感じたように、娘も我々の背中から何かを感じてくれるのかもしれない、それが人の人生というもの、親の教えというものなのかもしれないと思っている。(2012年1月23日)