シリーズ・・・≪商い心を探る≫

                 「商いの道は、人の道なり」

仕事一途、商い一筋という言葉がある。それは普通、一つの仕事や一つの会社を続けることを意味しているのだろう。今までどんな形であっても、どんな考え方をしていてもただ一つの仕事や会社を長く続けることに最大の価値が置かれているようなところがあった。

 

時代は変わり、今はたとえ商売替えや転職をしても、どんな考え方とどんなやり方で仕事に取り組んでいるのか、が問われることになり、大切なことになってきているのではないだろうか。

仕事を通した多くの人との出会いの中から学び、一人の人間として、真摯に仕事に取り組む。そこに自ら人間性を表現していく、自己と仕事の一体化した形を作る。

 

その歩みを着実に続けていくことが大切なのであろう。それが仕事一途、商い一筋とう意味になってくるのであろうと思っている。

 

事業を始めて数十年になる。多くの仕事に取り組み大きな方向転換もあったが、それは自分自身と理念、生き方を大切にするが故であり、商いとしては一貫性を維持して歩んできた。途切れていない一本の「商いの道」であったと思っている。

 

そして気が付けば、その商いの道は「人としての 道」でもあった、との思いに至っている。

 

そんな視点を持って、出会いと発見を求め、又評判を辿り訪ねる店や会社で、出合った商品や料理やサービスとその対応などから商いの心を探るエッセイである。

 

                index

[グルメ編]

Ⅰ. 「料理の仕事が好きやから」 滋賀県高島市・高島  : 料理、うなぎ わた庄
Ⅱ. 「おたくの味に応たんやねえ」 滋賀県甲賀市・甲賀  : ラーメン 宇奈月
Ⅲ. 「さば煮定食に人が」 京都市北区・上賀茂   : さば煮定食 今井食堂
Ⅳ. 「漁港の良心を」 福井県小浜市・大手町: お食事処 かねまつ 
Ⅴ. 「旨いそばを、今も」 京都市右京区・越畑   : 手打ち蕎麦 まつばら
Ⅵ. 「緊張感から生まれる味」 滋賀県長浜市・西浅井: 中華そば 福松
Ⅶ. 「店の人の気持ちも、味の一つ」 京都市左京区・北白川: 食菜 茶又
Ⅷ. 「旬の料理に店の旬を感じる」 京都市北区・北大路   : 旬菜料理 次郎
Ⅸ. 「祇園と貴船」

京都市左京区・貴船   :

川床会席 

べにや

Ⅹ. 「本物の名物<鴨そば>」 滋賀県長浜市・西浅井: 鴨そばと川えび あじかまの里

                「店には、主(あるじ)の顔が・・」

ここに取り上げている店は全て、店の主(あるじ)の顔がよく見えている。それは何も直接姿を見せるとか、直接話しかけるということではない。提供される商品やサービスの中に店の主の顔が見える、映っているということである。そして店の雰囲気や店員の対応にも反映しているということである。

 

売り手と買い手の対面折衝は店の主(あるじ)の顔がよく見え場所でもある。今、それががなくなり、店頭の表示と商品に貼ってある製造日、消費期限、賞味期限などのパッケージ情報やPOPなどからだけで判断して買わなければならなくなった。

 

例えば、コンビニの陳列では、手前に日付の古いものから並べてある。人の習性を利用して古い商品から買わせようとするためである。一方買い手の中には陳列台の奥をのぞき新しい日付の商品を探そうとする。こんな無言の思惑とやり方の果てに、消費期限、賞味期限の過ぎた商品に新しい日付を偽装をしてしまうというちょっと以前に騒動になった、消費者をだまして売ろうとする悪徳業者の手口につながってしまうのかもしれない。ここにも店の主の顔が見えなくなった背景がみえる。

 

今や、各種の広告と店頭表示と老舗の暖簾や公共の施設か否か、又口コミによる評判など、いわゆる情報と一括りにされるものだけで判断してしまう時代になってしまった。

 

(あるじ)の顔が見えないという対面の消失は、様々な分野や段階でコミュニケーションの機会の縮小と能力の著しい低下を招いているような気がしてならない。

 

かつては全てがそうであった様に、対面の一番の良さは売り手、買い手双方に責任が生じることにあるのではないだろうか。

売り手である、まともな商人は客を目の前にして嘘はつけないもので責任がある、それが出来るのは詐欺師である。一方買い手である、客、提供を受ける者は少なくてもその手の類だけは見分けなければならない責任がある。これが基本で、対面の原点になってくる。

 

その上で、表面や形だけ、安易な価値基準による間接情報だけで判断する体質を脱し、内容を自ら直接に触れる、直接情報に接して判断する。本質に迫り、人を見る目を持つことが大切であるということを物語っているのではないだろうか

 

買い手が、主(あるじ)の顔が見える店で、直接に本物を見極める目を鍛えるということは、売り手をさらに高めることにも繋がり、相互に信用と信頼の関係が築かれていくのである。

 

本物に出会うには、まずは対面から始まるということである。このコミュニケーションの原点は、すなわち商いの原点でもあるということなのである。そしてその先に商いの心が見えてくるということなのであろう。